大隅和雄訳の全文の現代語訳で「愚管抄」(講談社学術文庫)を読みましたが注もあり読み易かったです。
慈円と言えば関白の九条兼実の弟で比叡山延暦寺の天台座主にまで上り詰めた僧侶で、兄が政治の中枢を担い、弟が宗教界において陰で政治を支えていたと言えます。
この本を読むと仏教界が国家運営についてどのように考えているか、また日本の歴史をどのように捉えているかについて垣間見ることが出来ます。
慈円の時代も今の時代も日本の政治権力の中枢は本質的には変わりませんので、現代における仏教界(や藤原北家)の政治的影響力を推測することも出来ます。
平安末期から鎌倉時代の貴族の世の中から武士の世の中への転換期の激動の時代に生きた慈円の著はの時代の混乱ぶりが伝わってきますし、当時の仏教界も浄土宗の法然が現れ天台宗も彼を弾圧する側に回りあたふたしています。ついでに同時代人の鴨長明の「方丈記」も読むと当時の様子が手に取るように分かります。
また慈円はある意味、権力争いに敗れた側なのでフィレンツェの政治に関わり失脚したニッコロ・マキアヴェリの「君主論」や「政略論」や同じく追放されたダンテの「神曲」を思い出させ、いずれも失意の中で書かれた著なのてパンチが効いています。
この本は歴史上の登場人物が多くて日本史を学んでいないと退屈に感じますが、日本の政治について学びたい人は読んでおいて損はないかと思います。





