慈円の「愚管抄」を読んでみた!

大隅和雄訳の全文の現代語訳で「愚管抄」(講談社学術文庫)を読みましたが注もあり読み易かったです。
慈円と言えば関白の九条兼実の弟で比叡山延暦寺の天台座主にまで上り詰めた僧侶で、兄が政治の中枢を担い、弟が宗教界において陰で政治を支えていたと言えます。
この本を読むと仏教界が国家運営についてどのように考えているか、また日本の歴史をどのように捉えているかについて垣間見ることが出来ます。
慈円の時代も今の時代も日本の政治権力の中枢は本質的には変わりませんので、現代における仏教界(や藤原北家)の政治的影響力を推測することも出来ます。
平安末期から鎌倉時代の貴族の世の中から武士の世の中への転換期の激動の時代に生きた慈円の著はの時代の混乱ぶりが伝わってきますし、当時の仏教界も浄土宗の法然が現れ天台宗も彼を弾圧する側に回りあたふたしています。ついでに同時代人の鴨長明の「方丈記」も読むと当時の様子が手に取るように分かります。
また慈円はある意味、権力争いに敗れた側なのでフィレンツェの政治に関わり失脚したニッコロ・マキアヴェリの「君主論」や「政略論」や同じく追放されたダンテの「神曲」を思い出させ、いずれも失意の中で書かれた著なのてパンチが効いています。

この本は歴史上の登場人物が多くて日本史を学んでいないと退屈に感じますが、日本の政治について学びたい人は読んでおいて損はないかと思います。

明治時代の文豪と言われる夏目漱石の本を読んでみた!

「こころ」(新潮社)を読んでみました。

中学生の時に「吾輩は猫である」と共に課題図書になっていましたが、その時は読書の習慣がなくいずれも読むことはありませんでした。

主人公の先生は罪悪感から命を絶ってしまいますが、その時代は儒教的というか武士道的な規範が残っていたことを窺い知ることが出来ます。

夏目漱石は東京の帝国大学を卒業しているので、エリートとしての道を歩んでおり、本の中の先生も同様のレールの上を歩いていたのでしょう。

規範があるから罪悪感や葛藤が生まれ、それが時として生命を脅かします。

わたしは昭和世代なので、その名残があった最後の世代ではないでしょうか。

また昭和の時代に一世を風靡した村上春樹という小説家がいますが、そのストーリーの中でも登場人物がよく死を迎えますが、ある意味、対照的な作家ではあります。

「こころ」は程よく難しい漢字が使われているものの文章自体は短文で読みやすいですし、忘れかけた漢字の学習にもなります。一方、村上春樹の場合は小説の背景に社会的な規範は感じませんし、文体も英語で書いて日本語訳したように更にシンプルです。

また村上春樹の「ノルウェーの森」で外務省を目指す東京大学法学部の永沢という武士道的な規範を持ち続けている登場人物がいますが絶滅危惧種のような位置づけです。

日本では三島由紀夫を最後に良い意味でも悪い意味でも普通の国になっており、今も武士道を唱える人は数多くいても覚悟を持って生きている人は本当に少なくなっていると思います。
 

 

免疫の仕組みについて学ぶためのお薦めの本

齋藤紀先著の「休み時間の免疫学(第4版)」(講談社)はお薦めできます!
コロナ禍の前に第2版を買ってさらっと読んで捨ててしまったので、コロナ禍の最中に3版を買い直し、免疫について学び直しました。
入門書で分かりやすく書かれていますが、専門用語は多いのですんなりと頭には入ってきませんでした。とはいえ高校生の時に生物の授業を取っていれば何とか理解できます。
体の調子が悪くなったら医者の言う通りに薬を飲んだり、ワクチンを接種したりすれば健康になると思っている人が多いですが、人には免疫システムが備わっており、自然治癒力があることも頭に入れておいた方が良いでしょう。

バルカンの歴史の本を読んだ!

佐原徹哉編集の「バルカン史」(山川出版社)の上下巻を読みました。
ヨーロッパの歴史、特に東ヨーロッパの歴史を理解するにはバルカン半島の歴史の理解は不可欠ですし、逆に「バルカンの歴史を制するものはヨーロッパの歴史を制する」と言えます。
とは言うもののバルカンは「人種の坩堝」でヨーロッパ側からだけではなくビザンツ帝国、オスマントルコといった様々な隣国に支配されてきた経緯があり複雑怪奇で、宗教も絡んできます。
地政学上の要地でもあり国際政治の理解を高めるために読んでみましたが、名著と言えるでしょう。
7名の日本を代表する歴史家によって章ごとに書かれた大作ですが、逆に言うと言語的な問題もあり一人でバルカンの歴史をカバーするのは不可能です。
また近代以降のバルカンの歴史や国際関係について理解したい場合は下巻のみ読むことをお薦めします。
いずれにしても分かり易くは書いているものの歴史好きか専門家向けの本かもしれません。

フリードリッヒ・リストの本を読んだ!


Friedrich Listの“The National System of Political Economy”(ORIGAMI BOOKS)を読みました。ちなみに日本語訳は「経済学の国民的体系」ですが入手困難です。
“political economy”を訳すと政治経済学ですが、今は古典派経済学に属するのではないでしょう。
各国の歴史について書かれているところは何とか読めましたが、理論について書かれているところは難解でした。アダム・スミスの「諸国民の富」を読んでいることが前提になるのでしょうが、その本は読んだことがありません。

とは言うものの現代の経済学特有の難解な数式が書かれている訳ではありません。
今の読者層としては経済史(economic history)を専攻している人達でしょうか?
そうでなくても19世紀のヨーロッパの国際関係について知る手がかりにはなりますし、貿易と関税についての考え方は今でも通用するのかもしれません。

なぜか仏教について学んでいる

実家は真言宗で墓は浄土宗のお寺にありますので仏教には縁があると言えますが風向きが変わったのは昨年でした。

祝日に京都観光に行こうとホテルを取ろうとしましたが数万円/泊だったので諦め、ふと和歌山県で2食付きで2万円以下の宿泊施設を見つけ、それが高野山の宿坊でした。

また最近は仏教関係者の方がわたしの前に現れています。

そこで仏教の本を読んでみることにしました。

仏教を学ぶのに「仏陀の言葉」といったタイトルの本が数多く出版されていますが、仏教思想の概要を掴むにはヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」をお薦めします。

それでは飽き足らずに中央公論社の世界の名著の「大乗仏典」(長尾雅人 編集)、日本の名著の「源信」(川崎庸之 編集)、「道元」(玉城康四郎 編集)、「法然」(塚本善隆 編集)を読み終わり今は「親鸞」(石田瑞磨 編集)を読んでいます。

「大乗仏典」はドイツの観念哲学を読んでいる感じで抽象的な内容で面白く、「源信」になると日本の仏教の面影が現れてきます。学者風で文書が堅苦しいですが哲学的でもあります。「道元」や「法然」になると文書が洗練され読み易くなり、「親鸞」は更に物語風になっており大衆化していく過程でもあるのでしょう。

信頼できる海外のメディア2

iPhoneにTUNEINというアプリを入れいるので世界中のラジオ番組が聴けるのですが、最近は"Hier ist Bayern"というドイツ語放送のニュース番組をもっぱら聴くようになりました。

聴きやすくて、いつオンにしてもニュースが流れ、事実を伝えようとする姿勢が伝わってきます。

一方、アメリカやイギリスのメディアは駄目ですね。日本もそうですが…